いつの日にか‘おとがみさん’よ、[三河富士]の名で耀いておくれ!
   
- 砥神山(とがみやま)/三河富士(みかわふじ)以外の呼称問題について -
  
≪三谷富士( ミタニ フジ/ミヤ フジ)≫?
 

目次

≪ミタニ フジ≫は在り得ない!
≪ミヤ フジ≫はウソだ!
著者の誤謬
在るのは砥神山(とがみやま)/三河富士(みかわふじ)だけダ!
罪づくりにもなった書・「おらが富士340座」・・・

 

-�T-

  ≪ ミタニ フジ≫は在り得ない!

≪三谷富士(ミタニ フジ)・砥神山276m≫?
≪ミ・タ・ニ 富士≫とは、何だ?
≪三谷富士≫なんてウソだ!

[砥神山(とがみやま)/三河富士(みかわふじ)]だ!
 

≪ミタニ フジ≫
それは、間違いだ!

ネット上には『怪疑』なページが少なくとも7件あった。"(ノ_・、)"
『怪疑』なページが拡大していなければいいが・・・。半年前と変わっていないようだ。
わたしは、とりあえずページ管理者のふたりにメールをした。

誰かが「声」にしなくてはと思ったからだ。

<http//.....、
“≪三谷富士( ミタニ フジ)・砥神山/276m≫表記のページ管理者は貴殿でしょうか?”
こんな書き出しのアトに発信したワケを少し述べて、
≪三谷富士≫の表記は、[三河富士]の間違いではないか?
と、噛み付いた。
そして、可能なら表記の情報ソースはどこか?
知らせてほしいと付け加えた。
(>へ<)
 

数時間後、さいしょの返事が来た。

[三河富士]をメーンにさせていただきます。
ただ、≪三谷富士≫は例の著書をソースとしていますが、こちらの確認が取れてからということにしていただきたく・・・。
 

睨んだ通りだった!
『おらが富士340座/中島信典(なかじまのぶつね)著/山と溪谷社 』
が、出処・ソースだった。
(。・>Д<・。)
 

“ばかもやすみやすみにコケ!”と思った。さいしょは自分の目を疑った・・・。(*.*~~

何気なく、
[砥神山]と検索入力してネットで戯れていたのだが、それが「全国の富士or郷土の富士」ページへリンクしたら、
びっくり!(。・>Д<・。)
≪三谷富士]のオンパレードだ!
なんと[砥神山]の別称が≪三谷富士≫Only!ではないか。

驚天動地だ。“寝耳に水”であった。

これが、わたしをメールに駆り立てた理由だ。

[砥神山]の別称は[三河富士]の筈だ!

ためしに、[三河富士]と入力してみた。
検索にかかってきたページ数はセブラルハンドレッド!
「砥神山」の別称は、確かに[三河富士]だ。
(#^.^#)

なのに、何故?「全国の富士or郷土の富士」では、≪三谷富士≫とは?
(。・>Д<・。)「・・・?・・・」(。・>Д<・。)


≪三谷富士≫、誰が呼んでいるんだ?
≪三谷富士≫と呼んでいる人たちとは、いったい何処に暮らしている人たちだ?

[砥神山/三河富士]が秀麗に望める範囲は広くはない。
三河湾に突き出た西浦半島くらいまでが精々だ。
直線距離で12km前後か。

もし、≪三谷富士≫を呼称する人たちがいるとすれば、この範囲の数万人の中の何人くらいだろうか?
ルーペで探しても見あたらないのではないか!
(。_。)

[砥神山]を遠望できるとなると、
海の向こうの伊勢からだって、駿河と甲斐にまたがるホンモノの富士からだって、
ということになるが・・・。
まさか、ここに暮らしている人たちが、
≪三谷富士≫と呼称しているんでもあるまい。


��あの山に、俺たちだけの名前をつけようか?�∞�≪三谷富士( ミヤ フジ)≫ではどうかな?��
学校帰りのこんな「お遊び」が、巷間に少しだけ残った?
そんな、ホントのような嘘ではないのか?

[三河富士]を可哀想に思った時だ。

・・・[三河富士]の方は、
「なに、なに、なにを尖んがったこと言ってるんだい?」 と言って、大きな声で、わっ、はっ、は、
笑っていたが。!!(^Q^)/゛
 

わたしは、メールをした。
残りのページ管理者全部にあて。全部といっても5件だが。
[砥神山/三河富士]のメンボクにかけて!
( ̄口 ̄;

検索にかからなかった部分がどの程度あるのか、無いのか課題はあったが、
「富士市」だけは確実に入れた。(。・>Д<・。)
  <参考Pages http://www.city.fuji.shizuoka.jp/hp/page000011400/hpg000011339.htm>
 

-�Uその1-
 

[砥神山/三河富士 252m]だ!
 

件名は、
“ [三河富士]表記の要請!”

≪三谷富士≫とありましたが、[三河富士(みかわふじ)]の間違いではないか?
わたしは砥神山塊に暮らしている者であるが、≪三谷富士≫は“寝耳に水”である。そればかりか、“驚天動地”以外の何ものでもありません。

≪三谷富士≫は、ほんとうに存在しているのか?
お答えいただけたら幸いですが。

それから、≪三谷富士≫の情報・ソースですが、
もしかして、貴殿のそれも、『おらが富士340座/中島信典著/山と溪谷社 』ではないか?
あるいは、富士市のページ『富士山大集合・中部編』・『≪三谷富士≫』をソースとしたとか?

わたしは、上の2点を大いに疑っています。
とりわけ疑っているところは、��中島氏とその著書です。「記述ミス」ではと考えています。
これがすべての発端であった�≠ニまで考えています。
つまり、��中島氏が、[三河富士]を≪三谷富士≫と誤って記述し、これが富士市のページに転載され拡散した�≠ニの確信です。
ただ、何処かで過って、あるいは現在でも、かぎられた部分、場所にあって、
ごく少人数のあいだで呼称されているのでして、などと言われるなら、はなしは別ですが。

・・・が、おそらく、≪三谷富士≫を呼称している少人数とは、
著者の記述ミスから生まれた「ばけ物」だろうが。
 

ネット検索をしていて感じたのですが、
[砥神山]を仰いで暮らしている者が知らない≪砥神山/三谷富士≫が、
ネットでは大手を振っていて、
それでいて、[砥神山/三河富士]はその記載すら無かったのです。

わたしの驚きようも想像できるのではないか?

こう申しますと、わたしと逆の意味で貴殿は“驚天動地”の心境かもしれませんが・・・。
是非ともネット検索をして確認してほしいところです。
検索のキーワードは、「全国の富士or郷土の富士」でいいでしょう。
要するに、郷土の富士を取り持つというか、Introductionsしているページ検索です。

念のためですが、
一部、[砥神山/三河富士・三谷富士]となっているページが開くと思いますが、
これは、変更を受け入れていただいたページです。

[砥神山]か[三河富士]で検索しますと膨大なページが開きますが、
これらのページでの記述は[砥神山/三河富士]になっていると思います。
山を仰いで暮らしている者でなくとも、[砥神山]が[三河富士]であることを理解できるのではないでしょうか。

「全国の富士or郷土の富士」などで開くページだけが、
≪砥神山/三谷富士≫となっていることの不思議が、逆に≪それ≫に対して、大いなる疑念を抱かせることになるでしょう。
もし、貴殿が驚天動地”の思いをしておいでということでしたら、
みるみる中に“雲が散り、霧が消えるように”疑念が確信にかわるでしょう!
 

わたしからのお願い!

“≪三谷富士≫を残しても、
[砥神山/三河富士]をメーンとして
ページに記載されるように!”

著者には、「はがき」を書いたのですが、
これが“鉄砲玉”というか、回答の無いなかでのご要請になって恐縮ですが。

なお、これは、��著者の中島氏と、
ここから派生したであろう何処の何か分からない≪三谷富士≫の呼称をしている「ばけ物」に対して、
寛容でもあろうとしたわたしの苦渋の選択です。
この辺りもお含み願えるといっそう嬉しいのですが・・・。
よろしくお願いします。

以上
 
− 追記 -

念のため、山岳関係者や古老の何人かを訪ねてみました。
また、市・商工観光課などにも問い合わせしました。▽ ここでのやりとりのあらましはこんなものでした。
参考にしていただけたらと思います。


M:「・・・[砥神山]の別称ですが、どんな名称で呼ばれているでしょうか?」
H:[三河富士]ですよね? ・・・何か違って?」
M:「≪み・た・に・ふじ≫とか呼ばれてませんか?」
H:「それって、何っ?」
M:「では、≪みや・ふじ≫とかは?」
「えっー?≪みやーっ(三谷)≫?そんなのも聞いたことないよ!
[三河富士]の間違いでしょ?間違い、間違いっ!」

つぎに決まって聞かれたことは、
H:「ダレか?そんなこと言っている人でもいるんですか?」
と、いうものでした。

M:「はい、インターネット上なんですが・・・。
全国の≪郷土の富士≫をショーカイしているページがあって、・・・ソコで。
こんなページが7件はあるんですが・・・。
ただ、不思議なんだけど、
別称で≪三谷富士≫とショーカイされていても、別称・[三河富士]の記載はぜんぜん無いんですよね。
H:「えぇー、そんなー、それはメチャだ!間違い、間違い、[三河富士]の間違いだよ!」

驚くやら呆れるやら・・・。
これを肯定する声は一つもなかった。

何も驚くにはあたらないが!

[砥神山/三河富士]は、愛知県蒲郡市
三谷(みや)町、豊岡町、大塚町の境界に位置しています。
そして、≪ミタニ 富士≫はともかく、≪ミヤ 富士≫なら「可能性」としては、
無くはないかもしれませんが・・・。三谷(みや)町とも接している意味から、・・・あくまでも、<モシ>かしたらですが。
「ミタニ」はとうてい考えられません。

何故なら、「谷」は、「タニ」ではないか?と疑問を呈されるかもしれませんが、
むしろ、湿地や谷地は、[ヤタ、ヤチ、ヤツ]など、[ヤ]と呼ばれてきたことからも不自然ではないかと考えるところです。
それよりも、「三谷」自体が、「宮、美養」を源流としていて、「タニ」とは無関係だと確信しています。

著書では、276mとなっていますが、
それが出版された’93年前後の地図では[砥神山/255.7m]との表記が多いかと思います。
現在の近似値は252.4mというところでしょうか。
地名の「蒲郡」のルビが「ガマゴウリ」となっていますが、
「ガマゴオリ」でなくてはなりません。

要旨、こんなメールだ。
 

≪ミ・タ・ニ 富士≫なら笑ってすませられたのに・・・。
 

つぎつぎとメールが来た。
早いものは、その日の中に、遅いものでも数日中には来た。
一様に、
“ご指摘ありがとうございました。≪ミタニ≫は≪ミヤ≫に訂正し、[三河富士]を追加させていただきました。”
と、綴られていた。(゚_゚)(。_。)(゚_゚)(。_。)

下へつづく

【 閑話 1 】

≪三谷富士≫が通るくらいなら、
「牧山富士」の方がしっくりするかもしれない。
「牧山」とは、「豊岡町」の過っての通称だが砥神神社の鎮座するところであり、
ここからの眺望は超一級だからだ。
著者、中島氏の「絵」も、この延長線上で撮影したものと思われるが、
---が、何より砥神山頂は、「牧山」の邑そのものだから。
正確には、三邑が仲良く分け合ってはいるが・・・。
さらに、「三谷」より、「牧山」の方が字面も響きもいいではないか?

だが、やっぱり
砥神山は、三河の国の富士だ!

何故なら、
この山は、遠く、遠く、うぅーんと遠く離れたところから望んでも際立って美しいからだ。
それが砥神山/三河富士だ。
先人達がこの山に、邑・むら、三谷よりも大きい領・くに、三河の名を与え、
今日に伝えてくれたことが、それを何より物語っていはしないか。
「牧山富士」や「三谷・美養富士」では、サマになるわけがない。

砥神山は、三河の国の富士だ!

上よりつづく

返信メールに、かすかな期待も寄せていたのだが、これは砕かれた。

“≪三谷富士≫、これは削除しました!”という返事だ。
<None気>な富士山コレクターにとっては、その数がひとつ増えて嬉しいかもしれないが、
わたしは宿題をひとつ増やしてしまった。
(∂ヮ∂Э
影響が大きい富士市のページだけでも誤りをそのまま残して置くべきだったんダ。証拠保全のために!
 
 

-�Uその2-

  ≪ミヤ フジ≫はウソだ!

やっぱり、そこが「ばけ物」の根城だった!
 

『おらが富士340座/中島信典著/山と溪谷社 』

“魑(ば)魅(け)魍(も)魎(の)・≪三谷富士≫”の出没はこの根城からだった!

勘のいい読者は、
すでにその「ばけ物」の“正体”までも掴んでいるかもしれないが・・・。▽ いっしょに考えてみよう!
(^0_0^)

「ばけ物」は、ここを根城としていた。氏は、ながい歳月をかけて、よく歩き、よく調べ、
こんなにも多くの「富士」が在ることを世に知らしめた意義ある一冊を上梓したのだが、[砥神山/三河富士]に関しては・・・、と言わざるをえないのだ。

中島氏はどのようにして、こんな『ミス』を冒したのだろうか?

誤記と思われる箇所は、次の2点だ。
誤 「砥神山標高276m」→正 「砥神山標高252m」、誤 「蒲郡(ガマゴウリ)」→正 「蒲郡(ガマゴオリ)」である。

≪三谷富士(ミヤ フジ)≫も誤記?
いや、違う!!!

最初、≪三谷富士(ミタニ フジ)≫が悪性ウイルスのようにネットを侵食していた。
その≪三谷富士(ミタニ フジ)≫は、中島氏の著書の中の≪三谷富士(ミヤ フジ)≫からの転記ミスであった。
これとは別に最初から≪三谷富士(ミヤ フジ)≫のページも散見された。
こちらも出処・ソースは中島氏の著書からの転記であった。

その中島氏は、“学校帰りの「お遊び」のような嘘”に引っ掛かってしまったのだろうか?
(o_ _)ノ彡

-・・・(__).。oO ここで、ちょっと“道草”だが・・・。

わたしは、直属の上司からこんな風に話しかけられたコトがある。
「たいへんだってね?鼻毛の一本でも抜いたら、もうくしゃみ鼻水でぐちゃぐちゃとか?鼻毛一本も抜けないんだってねぇー!」
「まったく、その通り・・・、たいへんですよ!」
返答はしたもの、
・・・の、何か変な気がしたのである。
何のことはない!
花粉症のわたし自身がいつの日にか言ったことが、
めぐりめぐって、言い出しっぺのわたしのところに返って来たのだった。
≪三谷富士≫が、この“鼻毛一本も抜けない”はなしと、
どれ程、違うだろうか?(n_n)v

違うどころか、そのものではないか!

最初、あの著書に書かれていたんだけど・・・、と語られていたものが、
今度は、ネットに載っていたよ!それも、あっちこっち、たくさんのページでよー!となって、
今は、こんなにも、たくさんのページが≪三谷富士≫って言ってるぜ!≪三谷富士≫って、呼ぶんかい?
そう言えばどこかで聞いたような気が・・・。なんて錯覚しそうな様相だ。
ネット上では、≪三谷富士≫の呼称が悪性腫瘍のように増殖に増殖を重ねている・・・。

これだけネットに≪三谷富士≫が引用されているのを見て、
著者の中島氏は自分の労苦が報われるかもしれない。が、自分が創った「ばけ物」であることを知らないまま耳にしている。
と、いったところではあるまいか。

著者がどこで「間違えた」のかは不明だが、ちゃぁーんと証拠が・・・。

“正体”だ!
( ノ ̄∇ ̄)ノ


▲

「よく見るのだ!そして目覚めよ!」と、言わんばかりのふたつの目・・・。

▽目は語っている。▽
<存在しない≪三谷富士≫が、ネット上に足跡を残していては、これだけで「ばけ物」だが、いかにも自己矛盾である。
見よ!わたしは≪三谷富士≫だ!「ばけ物」の≪三谷富士≫がここにいるぞ!この不可思議、この矛盾を見よ!>

「ばけ物」の“正体”が見えたのでは?

こういうことである。

〈1〉ページ管理者の「言辞」から「問題の著書」が特定されたこと。
〈2〉ネット検索で[砥神山/三谷富士]Onlyだったことから、これが傍証されたこと。
〈3〉[砥神山/三河富士]を仰いで暮らす者が、
≪砥神山/三谷富士≫をいともかるく“一蹴”した事実。

山を仰いで暮らす・・・。ここに至っては、
何者をもひれふさせる「絶対的な重みと、これを擁護する義務」さえある。
と知るべきではないか。

広く知れわたっている[砥神山/三河富士]が、検索にひとつも掛かって来なくて、
もちろん、Introductionsのページだが、
どこの何かもわからない、根拠のない≪砥神山/三谷富士≫だけが無用にも検索に掛かってきたのであるが、
このことで逆に化けの皮が剥がれたとはヒニクだが・・・。
 

こうなったら・・・。

ぜひとも著者に、ご登場、願わなくては!
著者こそ、≪三谷富士≫の出処・ソースなら、その提供を受けなくては!
 <(o'-^)b

『著書』をソースとしてウェブページに、≪三谷富士(ミヤ フジ)≫を記載したとの「申し開き」も届いている。
別の方からは、
転載したにも拘らず、≪三谷富士(ミタニ フジ)≫としてしまって・・・、
と、詫びまで入っている。

著者に直接お会いしなくては!
著者にあて、わたしは「はがき」を投函した。
もちろん面会をにらんでのことである。

そして、今、わたしは、
その「返信」を待っているところだ。
。。。゛(ノ><)ノ

わたしが送った「はがき」は著者のゴクちかくまでいっている筈だ。
何故なら、「あて所に尋ねあたりません」、「転居期限切れで配達できません」
などの付箋つきのはがきとして、戻ってきていないからだ。
 

下へつづく
  

【 閑話 2 】

“ [砥神山/三河富士]は、ここで生まれた者のお婆々やお爺々である。”
 ヾ(@^▽^@) (((?(@v@)/)) (*^ω^*)

山ふところに生まれた者が愛着を込めて<おとがみさん>と呼称しているところに、それを感じとることができる。
この山から離れたところを棲み処とする者とっても気持ちは同じだ。とりわけ、山を東に仰ぐ者にとって・・・。
砥神の山の端から昇ってくる大きくてまーるい月には魅了される。
[砥神山]を遠望する者が自分達の山でもあることを主張した呼称こそ、[三河富士]ではなかったか。

[砥神山]の東側を棲み処とする者は、この山にどれ程の愛着を感じているとお思いだろうか?
わたしの感触で恐縮だが、こちら側では「希薄」のようだ。
山のかたちも、ふぅーんという程度だ。むしろ、「丹野山」、通常は「御堂山」と呼ばれているが、こちらの山への愛着の方が強いと思われる。
ここに山城を築き、農民をにらみつけてきただけの威厳のある山の魅力があるからだ。

わたしの感触ではあるが、
<砥神山塊に暮らす者とそうでない者との間には、
呼称に好みの違いがある。>
ということだ。
m(_ _)m

つまり、
広範な邑々から愛されてきた山だったが故に、
一つの邑(むら)の名をかぶせた「牧山富士」や「美養富士」と呼称する発想すらなかったにちがいない。
もっと広範な領(くに)の名で、[三河富士]と呼称された必然があったのではないか。

上よりつづく
 
 

-�Vその1-
 

お会いできたなら、
著者は、きっと、こんな風におっしゃってくれる!
・・・いつの日か必ずお会い出来たときのことだが。
(*^ω^*)(ё_ё) (^0_0^)(*^^*)(*^ω^*)

「わたしの間違いのようです。これだけの材料もあるのですから、わたしに非が・・・。
どこで間違えたんでしょう?
わたしは・・・。
例えばですが、脊梁山脈の名峰、
鳥海山が、山形県側では、『出羽富士』で、秋田県側では『秋田富士』ですが、
こういう風でもないですよね?
民俗学と言っては畏れ多いかもしれないですが、そのような関心から始めたことでして・・・。
学術調査じゃないからと言って、不正確であっていいわけはありませんが、
メモを取るようにはしていたのですが、稀に省いたこともあって・・・」と。

そして、
「なに分にも、なにもかもをわたしひとりでやっていることでして、注意深く資料の整理もしていたのですが、・・・失礼いたしました。
あなた様のお手まで煩わせて・・・」と。

こうまで言われて、わたしは・・・。

ちょっと、居心地が悪かった。が、嬉しかった。≪三谷富士≫が間違いだとわかって・・・。
わたしもこころから感謝しお礼を述べさせていただいた。

それからというものわたしは砥神の山頂に立つたび思い出すんだ。
白髪の老人がふたりして、わっはっはと腹を抱えて笑った日のことを・・・。オレの女房のにぎったおむすびを喰っておいて、
信の爺め、よくもしょっぱいなんて言えたもんだが・・・。
 

--- --- ---
 

著者との会話を続ける。

今度は、タイムカプセルに乗ってわたしが見てきたこと、
30年くらいむかしの初秋のこと、著者が[砥神山]登山、別称[三河富士]に挑戦した様子だ。
m(_ _)m.zZ
 
 

-�Vその2-
 

愛知県の東半分が「三河地方」だが、
この「三河」と「三谷」を取り違えたのでは?
との思いがわたしにはしてならない。
 

G:「あんた、おとがみさんに登らっしゃるんでしょが?」

N:「やあ、こんにちは!」
 

と、いつものようにルンルン気分で著者は返した。が、しばし戸惑っていた。・・・醍醐味だが地方訛りに。

N:「・・・おとがみさんって?言いました?[砥神山]のことでしょうか?」

G:「ああ、そうだよ!<おとがみさん>」ちゅうは、[砥神山]のこったがね!・・・[三河富士]って言った方がいいかったかなあ?」

N:「その山ですよ!わたしが登りたいと思って来た山は!この辺りでは、<おとがみさん>と呼ぶんですね。でも、わたしがそこに登るって、・・・よくお分かりになって?」

G:「そりゃー、わかるがん。あんた、リュック背負ってらっしゃるでのお〜。」

N:「いい処でいいお方にお会いしたなあ。わたしは東京から来たんですけどね。あの山でしょ?<お・と・が・み・さん>、[砥神山]って?
三河三谷駅のホームから、アレだって、直ぐ、わかりましたよ!
屹立した山のお姿から、これだとね。神々しいお山ですね!
だから、地図なんか見ないでここまで来たんだけどね。ただ、この三叉路をどちらにとったらいいのか?
ちょっと迷いましてね。
でも、こちらへ行ったらいいのかなぁ〜?」

G:「へぇー、よーくお分かりで?知らない人はそっちの道へ、・・・たいがい行くんだがのん。
あんたは、ただの山登りの人と違うみてえだのん?」

N:「いや、じつは、全国の富士を探し歩いている者なんですが・・・。」

G:「やっぱりのん!思った通りだ!あんた、並みの人じゃねえ!ほいで全国にゃ、どんぐれーの富士山が?」

N:「全国にですか?これまでに登った富士が250ちょっと・・・」

G:「はぁー、たまげたのぉー。それであんた、仕事は?」

N:「はっ、はっ、は、もう定年ですよ!わたしは・・・。」

G:「確かに、今は、そうかもしれんが、
仕事を持ちながら250ぐれえの富士に登ったんかえっ?」

N:「はい、まあ、そういうことになりますけど・・・。今は、仕事も息子に譲ったから、これからですよ!」

G:「どうげぇーなと言ったかって、250もぉー!ほいで、これから、まだ登らにゃならん富士が、どのぐれーあるだん?」

N:「150くらいはあるでしょうか?」

G:「ふぅぇー、おったまげたぁ〜!
もう言葉が出りゃーせんがん。わかった。もう、そんなこたーどうでもいい。
あんた、ここにお座りん!

ほいで、ミカンでも食べりん。
喰いていだけ、喰っていいでのん!
早生ミカンだけどのん、まだ、ちぃーと早え目にちぎってきたでやー、酢っぺえが、喰った、喰った!」

N:「おいしいですねぇー!これでなくちゃ!この頃のミカンは甘くって・・・。< ほ・い・で>、おばさんは、こちらの山へは・・・。」

G:「はっ、は、は、週に1ぺんぐれいかのん。
連れの婆々たちと登っとるがん。だがな、今は見たとおり農作業が忙しい時だでのん、あんまり行っとらんが。この畦道を上っていってな、ほーせるとな、
林道に出るがん。そこが登山口だがえ。

たいがいは、このコースで登ってな、帰りはなー、あっち側の・・・、山。てっぺんが二つになっとるがん・・・、あの山。
東側の山にまわってなぁ〜、谷ぞいに下りてくるか、尾根ぞいに下りてくるかだがのん。
まあ、その時の気分しだいだがのんほーえ。あっ、はっ、は、は・・・。

あんたもこのコースでお行きん。林道のとこから真っ直ぐ登るだけだでのんほえ。
この登山口から登るのがやだかったら、林道をちょこっと左に行ってなー、長がぁーくて急な石段を登ってもいいがのん。
・・・が、やっぱー、わしらといっしょのコースにおせぇーん。

このわしでも30分もあれば楽に登れるからのん、あんたなら半分の15分で登れるがん。
山道の真ん中の辺りにのん、左側だがのん、大きな磐があるでのん、見落とさんようにのん。

縄文の岩屋と書いた黄色い札が立っておるでのん。
・・・見落とすこたぁー、ねえーと思うがのん。
そこから、斜面の下の方を覗いてお見りん。
なかなかの磐だと思うがのん。
この磐に、むかし縄文人が住んでいた風でもないと思うが洒落た名前を付けたもんだのん?

それからのん、山頂にはのん、しめ縄が張られた大きな磐があるでのん・・・。
ああ、そうそう、その磐の直ぐ下が奥の宮だがん。
こっちの神社・・・、ああ、ちょっとここからは見えんがえ。この小せい山がじゃまして、砥神神社の奥の宮があるでのん。

じゃがのん!
まぁー、まっ、そげんことより、山頂からの見晴らしは天下一品だでのん。
よぉーぅ、目に焼き付けてくるこったでよ!
調査もいいが、こいだけの山はそう多くはないでのん!
あんたっ! 」
 

そして、老婆に別れを告げ、歩き出した。老婆との会話を反芻しながら・・・。

「うん、うん、[三河富士]なっ!
わかりやすい呼び名だ。この地方の呼び名といっしょってことよな。
多いんだよな、このケース。メモなんかしなくたって十分、忘れるもんかい!」
“地図も要らん。歯ブラシと反対側のポケットにしまっとこと。カメラは持って行かんとなっ!
こいつは落とさんように腰に括りつけてっと。”
(uu)..Zzz

リュックに仕舞うべきものを押し込むと、
自分に言い聞かせるように、「さあーて」と、声にはしなかったが、大きく深呼吸して、
力強く歩き出した。

稲架(はざ)にかけられた稲束から秋の薫りが漂っていて心地よかった。
 

そして、今、彼は山頂に立った。

真っ先に目に飛び込んできたのは、東西一直線に伸びる線路だった。
わずかに遅れて、小さい山々の塊があることや二本の線路がここで消えていることが分かった。
<あの山の下にトンネルが走っているんだな>、と思った。

小さい山々の塊の外側にマッチ箱のような家々がぎっしりつまっていたのが目に入っていなかったわけではない筈だが、
これにも気づいた。
すると、引かされるようなしあわせ感につつまれて、
いろいろな出来事がぐるぐる回りはじめた。
きょうも哲学?
頂上に立つと何故か・・・。こんな風景がそうさせるのかどうか・・・。

マッチ箱のような小さな家々が平地を埋め尽くしているが、・・・この一つ一つに人が暮らしているんだよなぁー。
数時間後には、灯りがともって夕餉をむかえるのだが、これをむかえられない人もきっといる・・・。
喧嘩中の家だって・・・。
今のいま、この街のどこかで交通事故が起こっていないともかぎらない。
いいことの方が少ないかもな・・・、人生。でも、文句なんて言ってちゃダメだよな?
・・・な?
 

いろいろな想いが駆けめぐったが、時間にすれば瞬時だ。

さらに刹那後に、
貨物船を遠くに見つけ、海の輝きを目のあたりにすると、海がこんなにも広がっていたのか、
と今更ながら驚いた。
そして、今、自分が登って来た道々が気になった。
ああ、あの方向から来たんだ。
すると見えた!

自分が降り立った、あの駅、「三河三谷駅」の長いプラットホームが見えた。

あの老婆のやさしい顔と彼女の言ってたことが、じわっと浮かんできた。

「よぉーぅ、目に焼き付けてくるこったでよ!
調査もいいが、こいだけの山はそう多くはないでのん!
あんたっ! 」

「まぁー、まっ、そげんことより、山頂からの見晴らしは天下一品だでのん。」

今、山頂に立ってみると、まったく老婆の言った通り天下一品の山だった。「三谷駅」に降り立ったとき、すでに確信はしていたが・・・。
そして、この山が郷土の誇る富士であることをはっきり感じたのだった。
 

*** *** ***
 

なんとなくだが、帰路は谷筋を選らんだ。
むかしは、うんーっと高いところまで畑があったのだろうか?今は雑木林になっているが・・・。
・・・山柿を切ろうとした時、肥溜めに落ちるところだったなあ。
あれやこれやと思いつくままに歩いていた。トタンぶきの貧しそうな寺があって、民家も数件・・・、これを通り越したら畑が広がっていた。
ここは老婆と会話した場所だった。・・・でも、老婆はもういなかった。

ふり返ったら、おおいかぶさってくるような大きな[砥神山/三河富士]があった。
彼は、山に向かって一礼したのだった。

すると、しあわせ感が込み上げてきた。

そして思った。・・・チョコレートなら、人数分に折って分けてあげられるのに。
このしあわせ感だけは自分でかちとるしかないのだろうか?

初秋の赤い夕日も泣きたいほど美しかった。
 
 

-�Vその3-
 

こんな風景がわたしには浮かんでくるのだが・・・。

 

そして、登山記録を整理する段・・・。
いとも容易く、なんらはばかることなく、≪三谷富士(ミヤ フジ)≫と書き込んだのだった。
[三河富士]でなければならない理由?そんなことを思う隙もないほど≪三谷富士(ミヤ フジ)≫に確信を持っていた。そんな迷いは微塵もあるわけがなかった。
ただ、ただ、≪三谷富士(ミヤ フジ)≫と、フツーに書き込んだ。
メモをとるのもやめたほど自信があったから・・・。。

これが後々、問題になろうなんて・・・。

迷えば、調べればいいこと。だから、こんな間違はフツーには・・・。
 

地図を開いて、真っ先に飛び込んできたのが、「三谷(みや)」の「三」の一字で、これが災いした?
「三河」の呼称が、「駿府」や「武蔵」、「讃岐」と同じレベルの呼称だった故、地図上で容易に見つけられなくって、・・・失念?
「三河三谷駅」の二字に迷った挙句、「三谷」の二字を選択してしまった?

こんなレベルの間違いとは考えられないが、[三河富士]が≪三谷富士≫に化けた瞬間ではないか。

彼は、せっかく市役所にも行って、図書館でもいろいろ調べたのに・・・。
しっかりメモさえ取っていれば・・・。後々に、こんな問題は起こさないですんだのに・・・。

あくまでもわたしの推測だが・・・。
 
 

-�Vその4-

  著者の誤謬

わたしも間違い
 

それは、≪ミタニ フジ≫を、≪ミヤ フジ≫に改めさせて、宿題を増やしてしまったと前に書いたそれだ。

そもそも、≪ミタニ フジ≫も、≪ミヤ フジ≫も、どちらも存在していないのだ!

間違い、「誤解から生まれた!
幻の影・ばけ物につけられた呼称」でしかないものに、
・・・“改める、改めない”の余地はない。
--- 筈だ!

・・・今は、ただ、祈る。

いつの日にか、“おとがみさん”よ、[三河富士]の名で耀いておくれ!
と。-・・・(__).。oO
 
 

-�W-
 

いつの日にか‘おとがみさん’よ、[三河富士]の名で耀いておくれ!
 

≪三谷富士≫は絶対に間違いだ!

これを実証するために、ウェブ管理者らとメールのやりとりをした。
このやりとりから、★間違いの出処・ソースが、著書「おらが富士340座」であったことを掴んだ。
この後は、
★地図の読み違い?★ メモをとらなかった?
★勘違いがが最も疑われた!
ほかの原因も否定できないから、
★学校帰りのお遊びだった? ★鼻毛の一本も抜けない?

と、“妄想”とも見紛うほどの世界を彷徨ったが・・・。

★≪三谷富士(ミタニ/ミヤ フジ)≫が虚構でしかなかった!ことが明らかになったのではないか。

つまり、〈1〉ページ管理者の「言辞」から「問題の著書」が特定されたこと。
さらに、これが、
〈2〉ネット上の[砥神山/三谷富士]Only状態の検証からも傍証された。
そして、〈3〉[砥神山/三河富士]を仰いで暮らす者が、≪砥神山/三谷富士≫をいともかるく“一蹴”した事実だ。
ここに至っては、
何者をもひれふさせる「絶対的な重みと、これを擁護する義務」さえある。
と知るべきではないか。
 

“ばけたはずの狸のしっぽ”を見たわけだ。
 

≪三谷富士≫は、
ブロッケンの妖怪や魚津の蜃気楼のように存在するモノの影でもないばかりか、もっと、もっとわるい、そら事、
��わるい言葉遊び�≠ナしかなかったのだ。
(´ゑ`)  (=^0^=)/ (´ゑ`) 

よもや、≪三谷富士≫の「ばけ物」には、これ以上に出没、徘徊してほしくない。
(`´メ) ┐('?`;)┌ (ёё。)
 

せっかくの著書の中身がこんな程度のものだったのか!
これでは、かぎりなく民衆を愚弄し堕落してゆくコマーシャルメディア、TVや新聞と違わないではないか!

著者の勘違いでもなく、
著者が≪三谷富士≫を耳にしたというなら、
信じられないが、��数人の間�≠ナ通用していたものであって?
これをも「「砥神山」の別称としたいなら、
はなしは別だ。
m(_ _)m.zZ
 

もう一度、声を大にして言おう!


これが、
著者の勘違いでもなく、
著者が≪三谷富士≫を耳にしたというなら、
信じられないが、��数人の間�≠ナ通用していたものであって?
これをも「「砥神山」の別称としたいなら、
はなしは別だが・・・。
m(_ _)m.zZ
これが、
著者の勘違いでもなく、
著者が≪三谷富士≫を耳にしたというなら、
信じられないが、��数人の間�≠ナ通用していたものであって?
これをも「「砥神山」の別称としたいなら、
はなしは別だが・・・。
m(_ _)m.zZ



在るのは砥神山(とがみやま)/三河富士(みかわふじ)だ!

最後に、読者のあなたへのメッセージ・・・、
・・・出来るなら。
いや、是非、[砥神山/三河富士]登山をしていただきたい!
ここの眺望やここへの道は、
けっしてあなたを裏切らないからお勧めだ!
?(^o^)/!!
 

そして、今は、ただに・・・、
いつの日にか‘おとがみさん’よ、[三河富士]の名で耀いておくれ!
と、祈るばかりだ。
m(__)m
 

終

★ 山と渓谷社様、富士市役所様はじめ関係各方面の方々のご協力にはこの場からも深くお礼申し上げます。
   m(._.)m ありがとうございました。m(._.)m

改題or筆削 ’06冬 (初稿’05、02、24) Zhengde

- 【註】 -
本稿でお国ことばを使っていますが、もし不明でしたら、こちらのページに〔注記〕を載せていますので参考にしてください。
わたしのページでも富士、三河の富士に限定ですが、取り上げています。
はからずも[砥神山/三河富士]、この山塊でのアウトドアースポーツが、わたしのメーンなのですが。
参考にしていただけたらと思います。


メールはトップのメールフォームからお願いします。
あなたのご見解、お待ちしています。


【おとがみさん 参考 1】

 『↓’05、02、24 Received』

**** 様

平素は小社の出版物をご愛顧いただきまして、誠にありがとうございます。
山と溪谷社宛のメールを担当しております、営業企画Gの****と申します。
メール拝受致しました。

いただきましたメールは、担当部署に転送し、
ご連絡するよう申し伝えましたので、少々お待ちください。

取り急ぎ、メール確認と転送のご連絡まで。
今後とも御愛顧、ご支援よろしくお願い致します。
失礼致します。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
(株)山と溪谷社
営業企画G/****
http://www.yamakei.co.jp/
sakai@yamakei.co.jp
〒107-8410 東京都港区赤坂1-9-13 三会堂ビル1階
TEL.03-6234-1605 FAX.03-6234-1623
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

そして・・・、
’05、06、16日夜、�且Rと渓谷社
**** 様から、
電話にて、
次のような、こころのこもったご回答をいただきました。
 

著者の中島様は、今、ご病気で・・・、
ご高齢での療養中でして・・・、
「お話ができる状態ではないからご遠慮願いたい」と、ご家族様から申されまして・・・。

それで、私どもとしても各方面を調べさせていただきましたが、≪三谷富士≫とは、やはり呼ばれていないようでして・・・。

今後の課題としまして、
[砥神山/三河富士]については注意深く取り扱っていきたいと思います。
自費出版で関係資料もなく・・・、
今回の件は何ぶん著者の中島様がそんな状態でして・・・’。
 
 

**** 様は、
わたしとは別のルートで考えてもいなかった「処」までリサーチしてくれていました。
その電話の中で知ったのですが。

それが何処か?

わたしは、その「処」をワザと書きません。
今、これを読んでくれているあなた様や真実を求めてやまない人々自身の手によって探っていただく、あるいは考えていただく材料として残して置きたいからです。
m(._.)m

物心がつく前から、[砥神山]と、その山並みを、
「不思議の山」と見つめてきたわたしには、三河の富士でこその原風景であって、
こころ遊ばせる棲み処だったからかもしれませんが・・・、≪三谷富士≫ではサマにならないばかりか形無しなのです。
そこへ、今回、「≪三谷富士≫とは、やはり呼ばれていないようでして・・・」と嬉しいお言葉をいただきました。
これでこそ、[三河富士]も絵になるというものです。☆⌒(*^∇゜)v
ありがとうございました。

‘おとがみさん’は、おらが自慢の山、三河の富士なのです。

  罪づくりにもなった書・「おらが富士340座」・・・

著者の中島様には、心よりご病気の治癒と、ご回復をお祈りするばかりです。(σ ̄。・)涙
m(._.)mまた、出版社の(株)山と渓谷社ならびに、 **** 様には、そのブレーバリーとフォローに、深く感謝いたします。m(._.)m

 

↑「問題の著書とページ。
圃場整備によって、今は無くなっているが、過って谷地田があった農道から望んだものと思われる。
手前の白っぽいのが稲架(はざ)に掛けられた稲束か。みかんの樹は林道わきの畑にあったモノのようだ。
 

↓著者とほぼ同じ位置から山を望んでいる。

 

【おとがみさん 参考 2】

問題の著書では≪三谷富士(ミヤ フジ)≫と読め、
いくつかのウェブページは≪ミタニ フジ≫とルビがふられていたが、
この著書よりの転記ミスと判明している。

全国の≪郷土の富士≫をショーカイしているページには、“驚天動地”したが、
このコトから、著書がすべての発端と傍証できたと信じているところだ。

ここには、[三河富士]のページがひとつも無く、有ったのは≪三谷富士≫だけだったのだ。
≪三谷富士≫は著者の「勘違いor誤解」から生まれた「幻の影」と考えられたわけだ。
つまり、��存在するもがない影・ばけ物だ�≠ニ。ブロッケンの妖怪や魚津の蜃気楼のように存在するもがあれば立派なものだが・・・。
いかにも、≪三谷富士≫はそら事、わるい言葉遊びでしかなかったのである。

≪三谷富士≫は、「三谷町」とイメージが重なるが、その「三谷町」が三つの谷を持つ地形の郷から来ているのも事実だ。
だが、湿地や谷地を、「ヤ」と呼んできた一般的な事情から推測すると、「タニ」の呼称は不自然だ。
そもそも、「三谷(ミヤ)」は宮、美養を源流としているところである。

また、山の近くに住む者は山塊の西側、砥神山から大島、小島までの約600,000�uが三谷町の財産区として公に管理されていることもよく認知しているところか。

≪ミヤ フジ≫は三谷祭りともイメージが重なるが、わたしのように、繰り返し≪ミヤ フジ、ミヤ フジ≫と書いていると、うっかり呼称してしまいそうにもなる。
錯覚とか、催眠術にかかるというが、まことにお騒がせなコトをしてくれたものだ。
≪ミタニ フジ≫なら笑ってすませられるが・・・。
・・・と言っても、近年、[三河富士]の名で呼ばれることもめっきり少なくなった感であるが。

標高についても疑問だ。
著書では、276mとなっているが、それが出版された’93年前後の地図では[砥神山/255.7m]との表記が多いのだ。
現在の近似値は252.4mというところか。

また、地名の「蒲郡」のルビが「ガマゴウリ」となっているが、明らかに間違いだ。
わたしのPageや蒲郡市のサイトを参照していただきたい。
 


【おとがみさん 参考 3】

『↓は、著者の中島様あてに投函した(’05、05、15)往復はがきの片面コピー』


 


【おとがみさん 参考 4】

          『↓’05、02、28 Received 』

**** 様

こんにちは。富士市役所広報広聴課の****と申します。
先日は当市ホームページの掲載内容についてお問い合わせ
いただきましてありがとうございました。

ご意見いただきました砥神山についての掲載内容ですが、
****様のご指摘を参考に、情報をお寄せくださいました方の意向を確認した結果、

名称については、三河富士をメーンにして、
標高は252mに修正させていただきます。

なお、情報ソースについては、
「おらが富士340座」(中島信典著 山と渓谷社刊)を参考にしているとのことでした。
また、ご投稿くださいました方からは、
ご指摘いただいたお礼を伝えてほしいとの旨お話がありましたので申し添えます。

ご指摘いただきありがとうございました。
また、ぜひふるさとの富士山へご応募いただければ幸いです。
今後も当市ホームページをどうぞよろしくお願いいたします。

富士市役所広報広聴課 ****
電話 0545-55-2700
E-メール kouhou@city.fuji.shizuoka.jp

おとがみさん2
星越峠より望む‘おとがみさん’
’05.11.17撮影

西 山麓より望む  '05.11.25撮影
 

m(._.)m 関係各方面の方々には、今後もお世話になるかと思いますが、よろしくお願い致します。m(._.)m
’10、11、28(Sun)初稿’05.06.18(Sat) Zhengde記 合掌

‘おとがみさん’は、おらが自慢の山、三河の富士だがのん!富士も数々あるがのぉー、‘おとがみさん’は、ご利益間違いなしちゅーことだがえ!あんたも、一度、登っておみん。のんほえっ?♪(*^-'*)/

‘おとがみさん’に惹かれて、好いてのわっしゃ・・・、それは、お臍で茶を沸かす風情じゃらが、‘おとがみさん’にまつわる何なりと情報をくれるんなら幸甚だがのん。メールフォームはトッップページだがえのん。