あののん、ほい!
お砥神さんには・・・、のん! 岩の上に神様が座っておられるからのぉー、一心にお祈りしなさるんだぞんっ!
ほいで、のん!元旦(がんたん)だとのん、あんた!なお、いいくてのぉー、お祈りの後にのぉー、ご来光を拝みなされっ!
そぉーせるとのん!
東の谷間かっら金の矮鶏(チャボ)の鳴く声が聞こえてくるちゅうこったのぉー。
のんほぉーえっ?
この矮鶏の鳴き声を聞いたモンはのん、たぁーいした金持ちになれるっちゅうーこったがのぉー。 のんっ?
どうなさったえっ?
あんたも、金持ちになりてぇーかえ?
・・・のん? のんほえっ!
だったら、耳クソ、ほって、よぉーおく聴けやぁー!
この矮鶏はのぉー、むかし、長者が黄金で作ったと伝わっているんだがのぉー。
のんほーえ?
そう、そう、むかし、一本足の下駄を履いた御嶽行者さまがおらっしゃったというんだけどのん。のぉーん?
その御嶽行者さまがのぉー、千回目の登頂のその日だったのん、とうとう矮鶏の鳴く声を耳にしたそうだがのぉーえ。
のんほえっ?
それは、のん、ある年の元日(がんじつ)の事だったのぉー。
のん。のぉーん?
ほいで、のぉー、起こっただげぇーなよっ。ちゃーあーんと奇跡が!
のんほぉーえ?
修行の甲斐があったんだのぉー。のん!
のん? ほぉーだがのぉーえっ? ほわえったらっ!
ほいで、の、・・・行者さまの一本足の下駄はいくら歩いても減らんようになっただげーなぇ?!
だが、ほいだけじゃねぇくってのん、行者さまは、瞬く間に山を駆け巡ってくるようになったというんだがや。
のんっ?
それは、それ、修行が利いてのん、空も飛べるようになったと噂されるようになったんだがやぁー。
のん、ほえ?
ハ、エェーの、なんのーぉ〜ッ、そら飛ぶ鳥もびっくらこいただらぁー、のん。
が・・・、のん。どいでか知らんが金持ちにはなれなかったと記録にはあるんだがのぉー。
のん? のぉーんっ?
これで、お仕舞いだのん。 のんほい!
のんほぉ〜えっ!
ほいじゃま、またのん!
《NOTE》
さて、その一本足の下駄を履いた行者さまだが、何故に彼は金持ちに成れなかったのだろうか?
理由は、‘誇るべき千回目の登山ではあったが、それも元日ではあったが、日の出の刻、でなかったのが拙かった’と、わしは考えているんだが。
何故なら、ドンドン岩(↓)こそ、朝な黄金に輝く矮鶏そのものかもしれないから。
"(ノ_・、)"
さらに想像力を働かせると、そもそも砥神山塊は古より修験の場であったが、中世、狼藉・藤原氏の流れ者萩原左衛門尉(の、じょう)芳信が、城を捨て遁走するおり黄金の矮鶏を埋めたとされる。\(;o;\)
この語り草こそ源流かもしれない。m(_ _)m
・・・でも、でも?
ドンドン岩は、戯れる矮鶏の姿こそせよ、鳴きはしないよなあ・・・。
だとすると、・・・やっぱり、黄金の矮鶏は、この岩の下に眠っているんだ?
お砥神さんは婆ちゃのいる山でもある。(ё_ё)
<↑ドンドン岩(地図はここをクリック)砥神山、その名のルーツとは?> |
砥神山の頂には、大きな岩があって、そこに神様が座っていらしゃるから一心にお祈りしなさい。
元旦なら、なお佳くてさ・・・、お祈りの後に、ご来光を拝むんだね。
すると・・・、東の谷間から矮鶏の鳴く声が聞こえてくるということなんだ。
これを聞いた者は大そうな長者になれるという言い伝えなんだよ。
むかし・・・、行者さまが、その矮鶏の鳴く声を耳にしたそうだ。
その日は、千回目の登頂で、ある年の元日だったそうだよ。
それからというもの行者さまの一本足の下駄はどれだけ歩いても減らず、
山を駆け巡ることの速い事といったら、速いのなんの・・・。
修行の効もあって‘空も飛べるようになった’と、噂されるようにまでなったんだよ。
でも、長者には成れなかったということだ。
砥神山塊の訛り、おくにことばで語ってみたんですが、「のんほい」のバリエーションには我ながら驚くばかりでした。
「の、のん、のぉー、のんほい、のんほーい・・・」などなど。
試しに、「のんほぉーえっ、のぉーえ、ほ(お)わえったらっ」などもバリエーションの中だから、単に「の」と置き換えても成り立ってしまうんですよ。
発見でした。
「郷土のことば」と言っても、およそ見当がついたのでは?
因みに、「だ、ぞんっ」/するんだよ、「ほいで」/それで、「そぉーせると」/そうすると、「いいくて」/よい、
「ちゅうこった」/いうことだ、「モン」/者、「だら」/でしょ、「ハ、エェー」/速い、「げえーな」/そうで、「ほいだけじゃねく」/それだけではなく、
「だがや」/ことだよ、「どいでか」/なぜか、「びっくらこいただらぁー」/びっくりしただろう。
・・・ってところかな。「ほいじゃま(ほんじゃま)」/さいなら。