性・生・牲?
この世は男と女?
?
そうだろうね!「性」と「生」、そして「牲」は、親戚関係なんじゃないかな?
手はじめに、「性」って?
「生」や「牲」の下部構造ってところかな。
何故かって?
より本源的だから!
じゃないかな?生物、
生物といっても、すべての生物が、
「♂」と「♀」に分かれているという風でもない?
でも、まあ・・・、
種を繋げていく原点というコトで。
つづいて、「生」について!
「生」は、喰って寝ての繰返し・・・。
だらーっと、息を繋げているってこと。
まったく、だらーっと。
でも、
これを確実にしないと「性」を獲得できないから一大事ではあるんだが。
「ああ、ヤダァー、理屈なんかじゃなくって、Bedlへ誘って!」
・・・気持ちは、そうかも知れないが。
「牲」について!
「牲」は祭りごと、政治のことだ。
「牲」には、
大きな意味がある!
なんと言ってもヒトは、神まで創造したんだから!「性」を成り立たせるために、
確かな「生」を獲得しようとしてきたのだが、
その「生」を強固なものにするのに、
「牲・権力」は、
絶対権力として戦争にも明け暮れたのだが、・・・神の名に於いて。
「神まで創造して」、・・・違うかな?「性、生、牲」って、以上のような関係では?
字面にも増して深い関係がかくれているようだ。
“生物に、「力」への意志をみる”と、感覚的に、
「性」が「生」であり「牲」なのだ、と、
感じているひとも多いのでは?
言いかえれば、「欲」世間。
この足かせ、手かせは坊主といえ骨になるまで続くってことよなあ。
<南無阿弥陀仏>
なまじっか?
小欲なんか持つと、奪い合いになり、ねたみ、そねみの原因になるものだ。争いをするくらいなら大欲を持って、Win Winの関係に?
いぃーや、手抜き・ラクして、早々と小さく「折り合い」ブタのように眠る?
’97 初春 Zhengde(’13 暮れ 補筆)
【 - 余記 - 】
宗教・三つの<美しい?>誤解
宗教?
・・・どんな、困り事があって? いや、宗教は、案外、平凡な暮らしの中にある。お香が漂い荘厳な気持ちになって、「南無阿弥陀仏」が流れてくるのは、お寺。
葬式だ、法事だと日常茶飯だ。
杉の古木の下の参道の店でお餅でもほおばれば、ご利益に与った気持ちになれるのは神社。
お御くじも絵馬の奉納もあそび感覚だ。
ちょっと違和感があるがキリスト教の結婚式へも出る。
ほとんど習俗って具合だ。
自分の場合、
困り事とか習俗とかじゃなくて、
突如、
「宗教の成立条件」、と言ったら大げさだが、
そんな「条件」を、発見?
・・・したんだ。∀
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?
‘ 宗教は三つの誤解で成り立っている世界’である!
三つの誤解とは、
‘神だと思い込みのできる「ブランド」があって、
神と見まがう「つながり」が感じられ、
騙しの「リズム」があればOK!宗教は普遍的に成立する。’というコトだ。
○ 「ブランド」って?
承知、ご本尊のこと。
宗教の求心力として体を成すもの、シンボルのことだ。
不可欠の要素で疎かには出来ない。でも、じつは、ここに落とし穴がある。
神を信じるか、信じないかは思い込む人の勝手、つまり論外だからだ。‘御本尊は何であっても構わない’と、言う機略ほどの理屈になる。
‘鰯のしっぽ’だって、立派なご本尊だ。
広い世には貧乏神を奉っている人もいるとか。
工業生産されたガラス玉を仰々しく捻くり回して、御殿に住む宗教家もTVで知っての通りだ。
○ 「つながり」って?
愛、この一語につきる。
愛は、いのちのキーポイント。愛は、いのちと同義語だから重大な要素だ。
人は案外と寂しい思いをしているものだが、こんな折、「あなたとわたしは仲間なんだよ、あなたはまもられているからね」。なんって言われたら?
高額の寄付をして、なを、心地よくさえなってしまうんじゃないのかなあ?
「つながり」とは神の擬体験と言い換えてもOK!「神自体がヒトによって創造されたモノ」だから簡単だ。「In the presnt[pre'znt]/今」に、
不満をぶつけるのではなく、
腕を組んで明日へ、夢を忘れないで繋いでいく・・・。
この過程にこそ、
足もとに“しあわせ”がPresnt-ed[preze'nt-ed/贈られていることを、見逃さないなら、
「There is no time like the presnt[preze'nt]!/いつもがHappy!」ってこと。
「つながり」って、愛・Dream いのち、そのモノなんだ!
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○ 「リズム」って?
説明も不要かな?・・・音があるだけで人を恍惚とさせるに十分だから。
いかにも音は耳から、と、いうより腹に響く、体をゆさぶる快感ではないか?
「パパとママは、赤ちゃんが愛くるしくてしょうがないのだが、
赤ちゃんの耳をくすぐるパパとママの会話は、赤ちゃんにとっても懐かしく、安心できる環境だ。」
こんな拡がり、つながりの中に、リズムが刻まれたら誰しも夢心地になるのでは?
例えば、法螺、リズムで擬態した仮構・騙しは、すでに宗教世界では?’01 初夏 Zhengde (’13 暮れ 補筆)
教祖の素質ありかも?
あなたならば・・・。
えぇーっ?・・・宗教から足を洗いたいと考えはじめたばかりだって?
いずれにしても、
宗教の構成要素は三つ、「三つの誤解」から成り立っているのではないか?ただ、注目したいのは、一神教とその系譜についてだ。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、
そしてコミュニズムだ。
ルネッサンスを勝ちとるために、寛容を受け入れたコトもあったが、
その名のしめす通り、・・・でも、いつもというわけではないが根底に於いて排他的だからだ。
過酷な砂漠の中を生き抜くには、「いくさびと、その名は主である。わたしのほかに、なにも「神」にしてはならぬ!わたしに仕えよ!
拒むなら撃つであろう」と、「軍神」を必要としたかも知れないが、
これからの時代、
「多様性と、その統一」が何より大事では!
神や仏を敬うだけでなく、拝礼の裏に智慧が用意されてきたわたしたち東洋の思想に夢を託してみる?
美しい環境と平和を取り戻し自由が花開く時代の思潮かも・・・。